大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和50年(行ウ)14号 判決

京都市東山区大和大路七条下ル四丁目本池田町五三一

原告人

横山幸子

大阪府枚方市樟葉花園町五-二-六〇一

原告人

佐野隆雄

右両名訴訟代理人弁護士

前堀政幸

前堀克彦

京都市東山区馬町通東大路西入る新し町

被告人

東山税務署長

北村好夫

京都市上京区新町一条西入

被告人

上京税務署長

山中清

右被告ら指定代理人

宗宮英俊

大河原房

森野満夫

竹見富夫

新見忠彦

主文

一  原告横山幸子の被告東山税務署長に対する請求及び原告佐野隆雄の被告上京税務署長に対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告横山幸子の昭和四七年分贈与税につき、被告東山税務署長が昭和四九年八月八日で決定し、同年一二月一一日付異議申立決定で変更した贈与税六四五万四、四〇〇円の決定処分並びに無申告加算税六四万五、四〇〇円の賦課決定処分をいずれも取消す。

2  原告佐野隆雄の昭和四七年分贈与税につき、被告上京税務署長が、昭和四九年一二月二〇日付でなした贈与税六四五万四、四〇〇円の決定処分及び無申告加算税六四万五、四〇〇円の賦課決定処分をいずれも取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告横山幸子は訴外吉川幸太郎の長女、原告佐野隆雄は訴外佐野現二の二男である。

2  被告東山税務署長は、原告横山が昭和四七年一〇月六日、父吉川幸太郎から、京都市北区上賀茂桜井町二二番宅地五五二・四〇平方メートル(以下、本件土地という。)の持分二分の一の贈与を受けたとして、昭和四九年八月八日付で同原告に対し贈与税二、七五六万一、八〇〇円及び無申告加算税二七五万六、一〇〇円を賦課する旨決定したので、同原告は昭和四九年九月一三日異議申立をしたところ、同被告は、同年一二月一一日、原処分の一部を取消し、同原告に対する贈与税額及び無申告加算税額をそれぞれ六四五万四、四〇〇円及び六四万五、四〇〇円と変更する旨の決定をなした。

3  被告上京税務署長は、原告佐野が昭和四七年一〇月六日、父佐野現二から本件土地の持分二分の一の贈与を受けたとして昭和四九年一二月二〇日付で同原告に対し贈与税六四五万四、四〇〇円及び無申告加算税六四万五、四〇〇円を賦課する旨決定したので、同原告は、昭和五〇年一月三〇日、異議申立をしたところ、同被告は同年四月九日右異議申立を棄却した。

4  そこで原告らは、それぞれ更に国税不服審判所長に対して審査請求をなしたが、同年八月二九日、右各審査請求を棄却する旨の決定がなされ、同年九月一八日に右各裁決書謄本が原告らに送達された。

5  しかし、被告らのなした本件各処分(以下、被告東山税務署長の原告横山に対する、異議決定を経た後の贈与税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分並びに被告上京税務署長の原告佐野に対する贈与税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分を総称して本件処分という)は次の理由により違法である。

(一) 原告らが本件土地の持分二分の一(但し、その権利内容は後記のとおり保留地上に存する特別の権利であつて、共有持分権そのものではない)の贈与を受けたのは遅くとも昭和四三年秋頃である。

(1) 吉川幸太郎と佐野現二(以下この両名を吉川らともいう)は懇意の間柄であつたところから、その親交の証を次の世代に伝えたい心情から相協議し、上賀茂土地区画整理組合(以下、訴外組合という)が施行する土地区画整理事業にかかる保留地として売出された本件土地を吉川幸太郎は原告横山に、佐野現二は原告佐野にそれぞれ各二分の一の持分を贈与する目的で、昭和四二年九月四日に共同で買受けた。

(2) そして佐野現二は、原告佐野に対し同人が大学一年の冬休みに帰省中の昭和四三年一月頃に、一方吉川幸太郎は原告横山に対し遅くとも同人が訴外横山源一郎との婚姻届をした昭和四三年一一月二九日迄に各持分の贈与の意思表示をした。しかし、本件土地が当時保留地であり、訴外組合の土地区画整理事業も未完了であつたため、直ちに原告らへの所有権移転登記を経ることは不可能であり、かつ将来のいかなる時期に右移転登記が可能となるかも不確定であつた。そこで、吉川ら及び原告らにおいては、このような登記上不安定な権利関係を放置する間に、万一夫々の贈与当事者及び相続権に関係する夫々の近親者の間で権利関係に紛議を生ずるようなことがあつてはならないとの考慮もあり、又、たまたま昭和四三年秋佐野現二が訴外組合係員から贈与については当事者間で私署証書を作成しておけばよい旨教示されたこともあつて、吉川らは、協議の上その頃それぞれの贈与の事実を証明するため念書と題する書面(甲第一号証)を作成し、それに吉川ら及び原告ら並びに利害関係人が遅くとも昭和四三年秋までにすべて署名捺印した。ただし、右念書の日附は、本件土地買受の日に合せるため昭和四二年九月一八日と遡つて表示した。

(3) そして、昭和四七年六月二三日に至つて漸く本件土地について表示登記がなされ、同年七月一四日に訴外組合名義で保存登記がなされ、原告ら名義での登記も可能となつたので、同年一〇月六日付で吉川らの所有権取得登記を省略し直接原告らに対し各持分二分の一の割合で所有権移転登記が経由された。

(4) 以上の次第で、原告らが贈与を受けたのは、遅くとも昭和四三年秋頃までのことであり、被告らのなした本件処分は右贈与時期を誤認しているもので違法たるを免れない。

(二) 原告らが贈与を受けた権利の価額評価について

原告らの贈与を受けた権利の価額はそれぞれ六八四万七、〇〇〇円と評価されるべきである。

すなわち原告らが吉川らから贈与を受けたものは、右土地区画整理事業における保留地であつた本件土地に対する権利であり、換地処分の効力発生と同時に当然に所有権に転化し、訴外組合に対し、将来所有権移転登記を請求し得る権利をも内容とするものではあるが、本件土地に対する所有権(共有持分権)そのものではなく、一種特別な権利(財産権)というべきものであつて、その価額は吉川らが買受けた代金一、三六九万四、〇〇〇円であり、原告ら各自についていえば右額の二分の一の六八四万七、〇〇〇円がその贈与を受けた財産の価格というべきものである。そして、この財産権は、土地所有権(共有持分権)そのものではないのであるから、一般地価の変動と同様にその価格が変動するという性質のものではない。それ故、仮に原告らが贈与を受けたのが昭和四三年秋頃より遅い時期であつたとしても、特別な事情のない限り、原告らの贈与を受けた財産権の価格は右の価格をもつて相当というべきであつて、少くとも、原告ら受贈の財産の価額を昭和四七年当時の本件土地の時価相当額とすることは不当である。然るに被告らは、原告らが本件土地そのものの共有持分二分の一ずつの贈与を受けたとして、昭和四七年当時の本件土地の時価を一、三六四万九、九八一円(持分二分の一の価格)と算定し、これを課税価額として本件処分をなしているものである。被告らの主張に従い、所有権移転登記の時期をもつて贈与の時期とし、この当時の本件土地の時価により課税するならば、原告らは、昭和四三年に本件土地の贈与を受けながら、土地区画整理法により所有権移転登記を得ることができないまま経過している間に地価が高騰し、そのために課税上不当な不利益を強制される結果となる。

したがつて、本件処分は、課税価額の認定に誤があり違法である。

(三) なお、仮に本件贈与の時期が被告ら主張のとおりであるとしても、被告らは、本件土地の評価額は、不当に高額であるからその価格を争う。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1ないし4は認める。

2  同5冒頭の主張は争う。

(一) 同5(一)冒頭の事実は否認する。

(1) 同5(一)(1)のうち、吉川らが原告ら主張の頃訴外組合から本件土地を買受けたこと、当時本件土地が訴外組合施行の土地区画整理事業にかかる保留地であつたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(2) 同(2)のうち、原告らが吉川らから本件土地の持分二分の一の贈与を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 同(3)の事実は認める。

(4) 同(4)は争う。

(二) 同(5)(二)及び(三)の主張は争う。

三  被告らの主張(本件処分根拠)

1  本件土地贈与の時期について

(一) 吉川らは、訴外組合施行の土地区画整理事業にかかる右組合保留地第一号(ブロック第七五号)の本件土地の各持分二分の一を昭和四二年九月一八日付売買契約に基づき換地処分公告の日の翌日である昭和四七年六月二三日に取得した。

吉川らは、原告らと共にそれぞれ昭和四七年九月二六日訴外組合に対し権利譲渡の承認を申請したところ、翌二七日付でいずれについても右組合の承認を得たので、吉川幸太郎は原告横山に対し佐野現二は原告佐野に対しそれぞれ即日本件土地の各持分二分の一を贈与し、原告らはこれにより右各持分を取得したものである。

(二) 原告らは、本件土地の持分の贈与を受けたのはおそくとも昭和四三年秋頃であると主張するが、本件土地は、土地区画整理事業における保留地であるから。そもそも訴外組合が本件土地の所有権を取得するのは換地処分公告の日の翌日であつて(土地区画整理法一〇四条九項)、当日までに吉川ら或は原告らが本件土地の所有権(共有持分権)を取得することはあり得ないといわなければならない。従つて原告らの主張は主張自体失当である。

(三) 又、以下の事実からも本件贈与が昭和四七年中になされたことが明らかである。

(1) 保留地の買受人たる地位の譲渡は、換地処分公告以前でも可能であるにも拘らず、この手続がとられないままに経過し、前記のとおり昭和四七年九月二六日に至り初めて訴外組合に権利譲渡の承認申請をし、翌二七日に承認を受けたうえ同年一〇月六日訴外組合から原告らに対し中間省略による所有権移転登記がなされたものである。

(2) 吉川らは、本件土地を訴外組合から買受けた後しばらくはそのまま放置していたが、昭和四四年八月から昭和四七年までの間、吉川らが貸主となつて訴外有限会社三協工務店及び訴外有限会社アロー工業に材料置場等として賃貸し、保証金、賃料を受領していた。そして同人らは昭和四四年分以降昭和四七年分までその収受した賃料を不動産所得の収入金額として確定申告しており、しかも右申告書には本件土地は吉川らの共有である旨記載されている。

(3) 更に、その後原告らは共同して本件土地にアスフアルト舗装を施し、昭和四九年三月より「さやまガレージ」として訴外日産サニー京都販売株式会社外にガレージとして賃貸し、賃料を受領しているが、昭和四九年分以降はその収受した賃料を原告らの不動産所得の収入金額として確定申告している。

(4) 以上によれば吉川らは昭和四七年までは本件土地を同人らの共有物件であると認識していたことは疑いなく、本件贈与は昭和四七年中に行われたというべきである。

(四) 仮に原告ら主張の頃に、吉川らと原告らとの間で本件土地の贈与契約が成立したとしても、それは、将来本件土地が吉川らの所有となることを停止条件とした贈与とみるべきである。しかして、訴外組合が本件土地を取得したのは昭和四七年六月二三日であり、従つて原告らが本件土地を取得したのは同日以降であることは明らかであるから、昭和四七年度に本件土地の贈与がなされたものとしてなした本件処分に違法はない。

2  本件土地の評価及び税額の算定

(一) (評価)本件土地は、市街的形態を形成する地域にある宅地であり、その形状は別紙(一)に記載のとおりであるから、昭和三九年四月二五日付直資五六直審(資)一七国税庁長官通達相続税財産評価に関する基本通達(以下、財産評価通達という)に定める路線価方式により昭和四七年当時の価額を評価すれば、一坪あたり一六万三、三七五円と評価される。(この算定方式は別紙(二)のとおり)

本件土地の属する上賀茂土地区画整理地区内の各土地の路線価と地価公示法六条に基づく土地鑑定委員会が公示した本件土地付近の標準地(京都市北区上賀茂蝉ケ垣内町四番)の価格は別紙(三)のとおりであり、これと対比すると被告らの算定した本件土地の評価額は不当に高額な価格でないことは明らかである。

(二) (税額)右のとおり、昭和四七年当時における本件土地の一坪当りの評価は一六万三、三七五円であり、本件土地の面積は五五二・四〇平方メートル(一六七・一坪)であるから、本件土地の価額は二、七二九万九、九六二円であり、この額の二分の一に当る一、三六四万九、九八一円が原告ら各自の昭和四七年に贈与を受けた財産の価額である。よつて、右価額より基礎控除額四〇万円を控除した一、三二四万九、九八一円に所定税率を適用した原告ら各自についての贈与税額は六四五万四、四〇〇円となる。

また、原告らは前記贈与につき所定の納税申告しなかつたので、被告らは国税通則法六六条所定の無申告加算税として六四万五、四〇〇円(右贈与税額の一〇〇分の一〇)の賦課決定をしたものである。

四、被告らの主張に対する原告らの認否

1(一)  被告らの主張1(一)(二)事実中、本件土地が訴外組合の土地区画整理事業の保留地であること、吉川らと訴外組合との本件土地売買契約の時期、訴外組合に対する権利譲渡承認申請、これが承認、換地処分公告の各時期については認めるが、その余は争う。

(二)  同(三)の(1)、(2)、(3)の各事実は、吉川らの原告らに対する贈与の時期の点を除いては認める。同(4)の事実は争う。

(三)  同(四)は争う。

2  被告ら主張の2の事実は争う。被告ら主張の財産評価通達は、行政庁内部での地価評価の参考意見にすぎず法令としての効力を有するものではない。

五、被告らの主張に対する原告らの反論

1  原告らが贈与を受けたのは、前記のとおり、保留地上に存する特殊の権利の持分であるから、原告らが共有持分権そのものの贈与を受けたことを前提としている被告らの主張1は理由がない。

2  原告らが吉川らと共に、訴外組合に対し昭和四七年九月二六日本件土地に関する権利譲渡の承認を申請して翌二七日承認を得ているのは、土地区画整理法により本件土地につきその登記手続が可能となつた時期において、前記の贈与事実を証明して中間省略の方法により原告らへ移転登記手続をとるための目的で行なつたにすぎないものであり、右事実をもつて本件贈与が昭和四七年になされたものと推認し、既に昭和四三年秋頃になされた事実を否定する理由とすることは失当である。

3  又、吉川らが本件土地を昭和四七年八月まで第三者に賃貸し、賃料を受領していたとしても、その賃料は本件土地の入札売買代金の資金として金融機関から借入れた借入金の利息支払資金に充当していたものであり、既に使用収益する権利を取得した本件土地について、その利用を計り右趣旨の利益を得ようとしたことは社会的に当然のことであり、たゞその賃料収入を吉川らの所得としていたのは、本件土地の管理ないしは収益の処理の方法を誤つていたにすぎないものであつて、この事実をもつて本件贈与の時期を推認する資料とすることは許されない。

第三、証拠関係

一、原告ら

1  甲第一ないし第五号証。

2  証人吉川幸太郎。

3  乙号各証の成立はすべて認める。

二、被告ら

1  乙第一号証の一ないし八、第二号証の一ないし六、第三号証の一ないし九、第四号証の一、二、第五号証の一ないし三、第六号証の一、二、第七号証、第八号証の一ないし三、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし三、第一二ないし第一九号証の各一、二。

2  証人佐野現二、原告佐野隆雄本人。

3  甲第一号証の成立は不知。その余の甲号各証の成立を認める。

理由

一、請求原因1ないし4記載の吉川らと原告らの身分関係、本件土地の贈与に対する被告らの各課税処分、これに対する異議申立、審査請求、決定、裁決の関係は当事者間に争いないところである。

二、(本件土地贈与の時期について)

1  左記(イ)ないし(ハ)の事実は当事者間に争いない。

(イ)  吉川らは、共同して昭和四二年九月四日訴外組合から同組合の土地区画整理事業における保留地(保留地番号一号、ブロツク第七五号)である本件土地を買受けた。

(ロ)  右土地区画整理事業に関し昭和四七年六月二二日換地処分の公告がなされ、同年同月二六日に吉川らと原告らは共同して訴外組合に対し本件土地について吉川幸太郎の持分(二分の一)を原告横山に、佐野現二の持分(二分の一)を原告佐野にそれぞれ譲渡することの承認を申請し、翌二七日訴外組合は右各権利譲渡を承認し、同年一〇月六日受付をもつて訴外組合から原告らに対し本件土地所有権移転登記がなされた。

(ハ)  吉川らは、昭和四四年八月頃から同四七年まで、本件土地を有限会社三協工務店外一社に材料置場等として賃貸し、この賃貸借の保証金、賃料等は吉川らにおいてこれを受領し、右各年度の納税申告につき右賃料を吉川らの不動産収入として申告をなし、右申告書には本件土地が吉川らの共有であると記載されていた。その後は、原告らが共同で本件土地をアスフアルト舗装をなし、昭和四九年三月頃より日産サニー京都販売株式会社その他にガレージとして賃貸している。

2  成立に争いない甲第二ないし第五号証、証人吉川幸太郎、同佐野現二の各証言、原告佐野本人尋問の結果とこの各証言、尋問の結果から成立を認めうる甲第一号証によると左記事実が認められ、他にこの認定を左右する証拠はない。

吉川幸太郎と佐野現二は、共に生糸商として同業であり、互に親戚と同様の付合を約するという懇意の間柄であり、このような親密な関係の証として共同で財産を持つことを考え、以前にも共同して京都市内で本件土地と同様の土地区画整理事業中の保留地を買受けていた。吉川らは、右物件を売却し、その売却代金に借入金を加えて前記のように共同で本件土地を買受けた。吉川らは、本件物件を買受けて間もない頃、前同様に親密な間柄をその子にも伝えるべく、吉川幸太郎はその持分を同人の子で当時既に他家に嫁ぐこととなつていた原告横山に、佐野現二はその持分を同人の二男でいわゆる分家することが予定されていた原告佐野に、いずれも財産分けの趣旨をも含めて贈与することを合意し、吉川幸太郎はその頃原告横山に、佐野現二は昭和四三年一月頃原告佐野が帰省した際に、いずれも口頭で右の趣旨を伝えた。

吉川らは、右の贈与について、本件土地が保留地であり直ちに権利移転登記ができないことから、将来互の親族の間で右贈与について紛争の生じることを心配し、その防止のために念書(甲第一号証)を作成し、吉川ら及び原告らの他に利害関係人として吉川幸太郎の妻キヨ、その子幸一郎、佐野現二の妻倶子、その子多一郎らがいずれも署名押印した。

右書面には「念書」と題し、「本件土地は吉川らが共同名義で買受けたこと、この買受けは原告らに対し財産分与を目的とするものであること、通常の場合は直ちに原告らに所有権移転登記をすべきであるが、土地区画整理事業が未完了であるから登記できないこと、したがつて一応は吉川ら名義で買得し右整理事業が完了し登記が可能となつたときは直ちに原告らに所有権移転登記をすること、以上のことは各当事者において異存はなく、利害関係人らもこれを承認する」との趣旨の記載があり、かつ吉川らを贈与者、原告らを被贈与者とし、作成日付として昭和四二年九月一八日の記載がある。

右書面は、右作成日付に作成されたものではないが、原告佐野がこれに署名押印した昭和四三年秋頃までには関係者全員の署名押印がなされ、作成が完了したものである。

3  原告らは、遅くとも右認定の念書の作成完了時以前において本件土地の贈与がなされ、本件土地に対する権利は原告らに移転したものであると主張する。

前認定の事実からして、甲第一号証の念書の作成が完了した昭和四三年秋頃においては、吉川らと原告らとの間に本件土地についての贈与の合意が成立していたことは否定しえないところであり、かつ、右当時以後において右当事者間で本件土地贈与に関する意思表示がなされたと認めるべき証拠はない。

しかし、かかる贈与の合意の時期とその対象たる財産についての権利の現実の移転の時期とは常に必ずしも一致するものとはいえず、その移転の時期は、その合意の意思内容によつて左右されうるものである。

これを本件についてみるに、(1)先づ、本件の贈与が親族間の贈与であり、またその贈与の目的からしても受贈者において直ちに受贈財産を現実に利用する必要もなかつたものであり、原告佐野本人の供述によつても、同原告は本件土地の贈与を受けたというものの、当初においては現実にこれを支配する意思もなく置いておき、その所有権移転登記についても関心なく、昭和五〇年に同原告が現住所の住宅を購入する際における購入代金借入れに関し、資産証明を要するとされたときに本件土地が同原告所有名義となつていることを知つたという程度であり、原告横山においても、本件土地を支配していたという事実を窺うに足る資料もなく、かえつて、本件土地に対する現実の支配、管理は、前記1の(ハ)の事実関係からして、昭和四七年までは贈与者である吉川らがこれをなしていたと認めるのが相当であること、(2)成立に争ない乙第七号証の本件土地売買契約書には、買受人は買受けた土地の所有権を第三者に譲渡しようとするときは、当該土地の権利譲渡について連署して訴外組合に申請し、その承認を受けなければならない旨の記載(第一〇条)があり、また前認定のように、吉川らは本件土地買受以前において別に保留地を買受けた経験もあることから、保留地のままの権利移転の方法についてもある程度の知識を有していたと推認できるのに、前認定のように本件土地に関して換地処分の公告により所有権移転登記の可能になるまで何ら権利移転に関する方途をとつていないこと、(3)そして結局のところ、前認定の1の(ロ)のように昭和四七年に土地区画整理事業の換地処分の公告がなされた後において、原告らに対する右権利譲渡の承認、所有権移転登記がなされているのである。そして、土地に対する所有権移転については、単に権利移転の意思表示に止まらず、現実の支配管理、更にはその移転登記が重要視されるのが通常であり、このような点からみると、前記甲第一号証の念書自体についてみても、その作成目的その内容からして、贈与者である吉川らにおいて、本件土地については右念書作成の当時においては、吉川らが究極の目的とする原告らに対する完全な土地所有権の移転ができない旨の考えを前提としているものと解されないことはないのであつて、これに右(1)ないし(3)の事実関係を併せ考えると、右念書作成当事における当者の意思としては、本件土地につき受贈者である原告らに対する所有権移転登記が可能となつた時期において本件土地の権利が原告らに移転するものであること、換言すれば右所有権移転登記が可能となることを停止条件として贈与するものであると解するのが相当である。

4  もつとも、原告らは、贈与の対象となつた財産は、本件土地所有権そのものではなく、土地区画整理事業における保留地としての本件土地に対する権利であり、一種特別な財産権であつて本件土地が未だ所有権の対象とはなりえない時期において贈与がなされたものであるとも主張し、右のような保留地に対する権利の譲渡も一般に認められているところではあるが、本件土地に対する現実の支配、管理の関係は贈与者である吉川らが昭和四七年頃まで行い、本件土地より生じた収益は吉川らにおいて取得していたのであり、たとえこれが本件土地購入資金のための借入金の利息に当てられていたとしても、この利息は元来贈与者である吉川らにおいて負担すべきものであり、また親子間における贈与だとしても、念書まで作成して真実原告ら主張のような本件土地の贈与をしてしまつたものならば、かかる贈与済の土地を贈与者である吉川らが使用するについては、予め受贈者である原告らに一言の了解なりとも得た上でなすべきものと通常は考えられるところであるのに、吉川らは原告らに全く無断で使用していたのであり、また、保留地についても権利移転の手続が可能であり、吉川らもこれを知つていると推認されるのに、その手続が何らとられておらず、また受贈者側の意思、態度も前認定の程度のものであつてみれば、右念書作成当時において本件土地に対する原告ら主張のような権利が現実に原告らに移転したと認めることは困難である。

5  そうだとすると、本件土地は、前記換地処分の公告のなされた翌日である昭和四七年六月二三日以降において前記停止条件成就により原告ら(持分各二分の一宛)に贈与により移転したものというべきものである。

三  (課税価額について)

1  贈与税の課税価額は、当該財産取得時における時価によるのを原則とする(相続税法二二条)のであるから、本件においては昭和四七年六月当時における本件土地の時価をもつて算定すべきである。

本件土地の形状が別紙(一)に記載のとおりであることは、原告らにおいて明らかに争わないところであるから、自白したものとみなす。この事実に成立に争ない乙第一号証の一ないし八、同第二号証の一ないし六、同第三号証の一ないし九によると、昭和四七年当時の本件土地の時価を被告ら主張の財産評価通達により算定すれば、被告ら主張のとおり一坪当り一六万三、三七五円と認められる。

ところで路線価は、宅地の価額がおおむね同一と認められる一連の宅地が面している道路ごとに一坪当りの宅地(標準画地)の価額を表示したものであり、毎年売買実例、前年の路線価、接続地域との均衡、専門家の意見等を参酌して定められるものであつて、地価の実態をかなり正確に反映していることは公知の事実であり、また前記財産評価通達に定める評価方法も国税庁が、各種実績に基づいて定めたものと解せられ、特段不都合な点があるとは認められず、更に成立に争いのない乙第四号証の一及び二、第五号証の一ないし三、第六号証の一及び二によれば、本件土地とは近隣にあり、本件土地の属する上賀茂土地区画整理地区内に所在の京都市北区上賀茂蝉ケ垣内町四番(昭和四七年六月二三日地番変更前は、同区上賀茂竹鼻町二九番)について地価公示法六条に基づき土地鑑定委員会が公示した地価は、別紙(三)記載のとおり一坪当り昭和四七年一月一日現在で一七万四、九〇〇円、昭和四八年一月一日現在で二七万三、九〇〇円であることが認められ、この地価と比較してみても、被告らの本件土地の評価額が不当に高いとは認められない。

2  原告らは、本件贈与の対象となつた財産は、本件土地所有権そのものでなく、一種特別の権利であり、その価額は吉川らが訴外組合から買受けた代金一、三六九万四、〇〇〇円というべきであり、この価額は一般地価の高騰にともなつて変動するものではない旨主張するが、本件贈与の対象となつた財産が原告ら主張の右のような権利でなく、本件土地そのものであることは既に述べたとおりである。吉川らが本件土地を保留地のまま買受け、これを原告らに贈与することとしたものの、法律上所有権移転登記ができないままに経過し、この間に公知の事実のとおり一般に市街地の地価が著しく高騰したため、高騰した価額により課税されることに対して原告らが不公平感を持つことも理解しえないではないが、仮に原告ら主張のとおりであるならば、原告らにおいて保留地に対する権利譲渡の手続をとり、当時贈与税の申告をしておつたならばこれを防ぎ得たとも考えられるところであり、結局原告らの右主張は理由がないといわざるをえない。

3  前記のとおり、本件土地の昭和四七年当時の時価は一坪当り一六万三、三七五円と認められ、本件土地の面積が五五二・四〇平方メートル(一六七・一坪)であることは当事者間に争いないところであるから、本件土地の価額は総額二、七二九万九、九六二円であり、従つて原告らが各贈与を受けた持分二分の一の価額は一、三六四万九、九八一円であると認められる。この額を基礎とし、被告主張のとおりの法定の基礎控除をなし税率を乗ずれば、原告ら各自についての贈与税額は六四五万四、四〇〇円となり、原告らが法定期間内に納税申告をしなかつたことについては原告らは明らかに争わないから自白したものとみなすべく、右に対する国税通則法六六条の無申告加算税は六四万五、四〇〇円と認められる。

四  してみると、被告らのなした本件各処分は、いずれも相当というべきであり、これが取消を求める原告らの請求はいずれも理由が無いからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井玄 裁判官 杉本昭一 裁判官 豊田建夫)

別紙(一)

別紙(二)

162,000円(正面路線価)×0.98(奥行27.70mに応ずる奥行価格逓減率)+157,000円(裏面路線価)×0.98(奥行27.70mに応ずる奥行価格逓減率)×0.03(二方路線影響加算率)=163.375円

別紙(三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例